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池田道明さん-池田農園 熊本県玉東町

自然栽培のみかん農家、池田道明さんとみかん畑の写真
コクがあって甘くて、誰に差し上げても喜ばれるみかんをつくっている池田道明さん。池田さんのみかんを食べると、他のみかんは食べられなくなるほどです。

 昨今よく聞く自然栽培とは。基本的には施肥をせず、農薬を散布しないで作った作物について「自然栽培」と呼んでいるようです。取り扱う団体によって様々な自主基準があるため、いまひとつわかりにくい部分もあります。「自然栽培」は、有機JAS認証のように第三者の検査はなく、基本的には流通と生産者が「無肥料無農薬栽培」と言っているだけ。と考えると、確かさに欠ける、なんちゃって自然栽培もなかにはあるかもしれないなと思います。

 

 ということで、わたし自身は「自然栽培」と聞くと、畑を見たり、その人がどんな人なのか、きちんと話を聞かないと信用しない疑い深いタイプ。しかし熊本県玉名郡玉東町で、自然栽培みかんを作っている池田さんは、確かに自然栽培みかんをつくっていました。しかもそのみかん、めっちゃおいしいのです。池田さんの物語をお話します。

・自然栽培みかんへのながーい道のり

 池田さんは、過去は農薬も化学肥料も除草剤も、地域の決まりどおりキッチリやる一般栽培のみかん農家でした。自然や環境問題に関心を持っていた池田さんですが、農業をやりながら絵描きになることが夢でした。生きものや自然、環境保護をモチーフにした絵を描き、コンクールなどに出品し始めると、そのような絵を書いているのに農薬を使っている自分に罪悪感を感じるようになりました。

 

 そこで、2000年のある日、自然栽培への一歩を踏み出します。まずやめたのは除草剤。近隣の農家からは畑に草が生え始めたことをあれこれ言われるようになりました。農家とは「草」を生やすことを最も嫌う人々です。そのプレッシャーは相当なものだったに違いありません。それでも除草剤をまくことはしませんでした。合わせて、肥料も少しずつ減らしていきました。

 

 8年後、一部の肥料をすっかりやめ、本格的に自然栽培に切り替えました。この8年で2.8ヘクタールあるみかん畑の、2アールぶんの木が枯れていました。理由はまず、カイガラムシ。カイガラムシから出る分泌物でみかんがまっくろになり、商品になりません。みかんが売れないくらいはまだしも、大発生してみかんの木が枯れました。枯れていくみかんを見ながらも、池田さんは自然栽培をあきらめませんでした。

 

 そして2015年、農薬を散布するのをやめ、すべての畑を自然栽培に切りかえたのです。

 

「ずっと減少傾向だったみかんの収量が、ここ数年で回復してきました。今では一般栽培に負けないぐらいです。肥料と農薬をやめようと決意してからずいぶん時間は経ちましたが、その間でも、見た目の良くないみかんはジュース用原料で販売したり、そのジュースを買ってくださる人がいたりと、無収入の期間はありませんでした。自然栽培が売りになった部分もありますが、買ってくださった方にはほんとに感謝しています。

・自然栽培のコツは「木を枯らさないこと」

「自然栽培を始めると、みんな農薬と肥料を一気にやめたくなってしまうんです。でもそこは我慢して、最初に減らすのはまず肥料。それもいきなりやめるのではなくて、少しずつ減らします。そうしたら3年ほどで肥料が切れますから、農薬をやめるのはそのあとです。

 あともうひとつ、全ての園地を一気に変更せず、少しずつ変えて様子を見ることがとても大切なんです。とにかく大切なのは木を枯らさないこと。枯れてしまうと収入も何もかもなくなってしまうでしょう。自然栽培に取り組んで、そんなふうに辞めてしまった人が何人もいる。だから、僕のところに来る人にはそうアドバイスしています」

 

 なぜ農薬と肥料を一気にやめると良くないのか。果樹は、一年ごとに種をまき、生育し、花を咲かせて種を作り枯れる野菜などの単年度作物と違い、一度その土地に根を張ったら数十年は生育する作物です。これは永年作物と呼ばれます。そのため、果樹類は、今年やった肥料や農薬の散布状況、病害虫の発生の影響が翌々年くらいまで続きます。

 

 たとえば肥料。畑には長年与えていた肥料がけっこう長い間残っています。これを残肥と言います。多くの人が経験していることですが、肥料散布を辞めたとしても、その年は問題なくいつもとほぼ同じように作物ができます。「なーんだ、大したことなかった」なんて安心してそれを続けていると、2、3年後に恐ろしいことが起こるのです。

 

「肥料をやめて1年間はちゃんとしたいいものができました。なーんだと安心していたら、2年後に害虫が押し寄せてきたんです。とくにカイガラムシがこれでもかってくらい大発生しました。なかには畑の3分の2ほど枯れたところもありました。みかんはカイガラムシのススでまっくろになるし、木はボロボロになるしで、ものすごくへこみました。

 でも、肥料が切れて数年すれば、みかんの木がその状態に慣れてくるのか、いい果実をつけはじめます。目安は畑に生えるカラスノエンドウに春先にアブラムシがつかなくなったころ。そうすると害虫も少なくなってきます」

自然栽培・草生栽培のみかん畑の写真
みかんの木の下の草にご注目ください。草刈りしないので好き放題に生えてきますが、葛のような蔓性の草が生えてくると、この草が他の草の上にとぐろを巻いて、草を抑制してくれるそうです。木に絡みつかれると困るので、そこだけに注意しているとのこと。みかんがきれいですね! 驚くほど病虫害がありませんでした。

・生態系が整い土が良くなってくると、木がその状態に慣れてくる

 池田さんのみかん園は草を刈り取らない草生栽培。一般的な草生栽培では、草はまだ青いうちに数度刈り取ることが多いのですが、池田さんは全く刈り取りません。草は思い切り生育し、冬になったら自然に枯れ、畑で微生物に分解されます。草を刈り取らない=青刈りしない=総炭素供給量を上げる。これによって微生物相がより豊かになるのでしょう。

 

 北海道農研機構の共生微生物の研究者・池田成志さんにこの話をしてみたら「微生物の菌体だけでも相当量の肥料成分になると思います」と言われました。

 冬に枯れた草は土に還り、土のなかに住む微生物のエサとなります。みかんの木は、これらの微生物のからだを通してつくられるアミノ酸やリン酸を、またはその微生物自身がタンパク源となり、それらを吸収して生育しているのでしょう。つまり微生物が作物を育てているのです。

 

 除草剤を散布し、化学肥料を与え続けて堆肥などの有機質肥料を入れない畑では、微生物バランスが大きく崩れています。このような畑には、有機質肥料を分解してくれる微生物はいないと言ってもいいでしょう。そこでいきなり施肥をやめると、残肥がなくなる2年後には作物が吸収できる肥料が全く無くなってしまう=抵抗力が弱くなる=病害虫の被害が大きくなる、と考えられるのではないでしょうか。

 

「ヤノネカイガラムシはここ数年見なくなりました。また、みかんの皮を食害していたカタツムリが、畑にはいるんだけどなぜかみかんを食べなくなってきたんです。カタツムリはなにかほかのもの、カイガラムシが出すススを食べているみたいなんですよ。畑の生態系が整ってきたのかもしれません。自然って不思議ですよねえ。

 あと、みかんにも自然栽培に適した品種があるんじゃないかと思うんです。極早生や早生品種にはカイガラムシがまだついているけど、11月頃の、そもそものみかんの時期の品種はまったくつかない。農薬をまかなくてもとてもきれいで玉張りもいい普通のみかんができる。自然栽培に向いている時期があるんでしょうね」

・罪悪感を持たなくていいみかん栽培。そこがいい

「自然栽培に切り替えて良かったことは、農薬をまかないで済むことです。たぶんみんなそうだと思うけど、まきたくてまいてる人はいないんじゃないかな。農薬は作物を栽培するために、しょうがないからまいている。だから、罪悪感を持ちながらまいている人もいるかもしれない。

 でも、自分はもう罪悪感を持ちながらみかんをつくらなくていい。それがほんとうに良かったことです」

 

 農業とは自然に寄り添う仕事のようなイメージがあるものですが、実は耕作自体が自然環境や生態系を破壊する営みでもあります。だから何もしないように見える「自然栽培」に憧れる人がいるのでしょう。しかし失敗する人もたくさんいるのが自然栽培です。経営的に成り立たないのでは持続可能ではないでしょう。そのために必要なのは「我慢」以外の栽培技術が必要です。池田さんの経験は、一般的な栽培から自然栽培に切り替えるためのヒントが満載ではないでしょうか。

 

 何も与えず、自然によりそい、日々新たな発見をしながら、おいしいみかんを栽培する。とてもステキなことですが、池田さんがここに至るまで、除草剤をやめてから17年かかっているのです。自然栽培が可能になる土づくりには、長い時間がかかることを忘れてはいけないのです。

池田さんのみかんは 熊本市のピュアリイさんで購入できます。