有機農業の歴史

ふかふかの有機の土と作物の写真

市民運動から法制化された有機農業


・スタートは市民運動だった「有機農業運動」

 1975年、有吉佐和子さんの『複合汚染』が日本社会に大きな影響を与えました。これをきっかけに、化学肥料や農薬を多投が前提の近代農業に対し、農薬をやめ、堆肥などの有機質肥料で安全な作物を作る「有機農業」を実践する生産者が次々に生まれました。そして、彼らを支え、彼らが作る作物を自分の子どもに食べさせたいと、都市部の母親たちが声を上げ、生産者と消費者が直接つながる「産消提携」という運動が始まります。有機農業は生産者や市民団体の「安全なものを食べたい、作りたい」という思いから始まりました。これを有機農業運動と言います。

 当時は単に安全な作物を作る・買うという行為だけではなく、環境保全や循環型社会を目指し、大量生産・消費からの脱却、消費者と生産者の産直や顔の見える関係などの多岐にわたる様々な思想を含め「有機農業」という言葉が使われていました。今の言葉では「アグロエコロジー」が最もぴったり来るように思います。有機農業とは、有機農業を実践し、その作物を買うことで、社会を変えようという市民運動だったのです。

 ただ、生産の現場では人によって捉え方が違い、さらには栽培方法も、農薬の使用・不使用まで含め、さまざまな有機農業が存在しました。知識も技術も、取り組む人の数だけあるのが有機農業の特徴で、それは現在になっても大きな変化はありません。

 1970年代には異端の農業だった有機農業も、時代が下り、食の安全・安心に注目が集まり、有機という言葉にメリットが生まれると、農薬を一回使ったけど有機野菜とか、堆肥を使っているから有機農業などの「よくわからない有機農業」が横行し始めました。そのため「有機農産物」とはどういうものか、どのようなルールで作ればいいのか等のルールを決める必要が生まれ、法制化されたのです。

 1990年後半からさまざまな議論を行い、有機農産物の日本農林規格、いわゆる有機JAS法が施行されました。市民運動から始まった有機農業に、表示のルールが定められたのです。


・有機農産物と表示するためのルール「有機JAS認証」

 有機JAS法は「オーガニックって何?」でも書いたように、有機農産物と表示するために必要な条件をJAS法で定めたものです。

 3年以上指定された農薬及び資材のみ使用した圃場で栽培された作物について、有機JASマークを貼って販売することができる有機JAS法は、過去あいまいな定義で有機栽培と表示し、優良誤認を起こす販売が横行した経験から生まれました。そのため、有機JAS法の有機は「有機農産物と呼べるもののルール」を提示したもの。わかりやすく言うと「有機」と表示する際の規制とも言えます。

 消費者にとってわかりにくいのは、有機JASでは生物農薬や石灰ボルドーなどの使用してもいい農薬が定められていること。有機JASシールが貼られている有機農産物でも、農薬を使用されている場合があると知ると「有機って無農薬じゃないの?」と思っている人には、有機農産物の優位性がいまひとつピンと来ないことが多いのです。これは農薬=危険と考えている人が多いためでしょう。

 そういうこともあってか、現在の日本で有機JAS認証についてきちんと理解している人はわずか5%というアンケート結果があります。そして、最近の有機取得圃場の割合は、全体のわずか0.22%、ここ数年数字が延びておらず、注目されているわりには現時点ではまだまだ発展途上中と言えます。

有機農業の畑で栽培される長ネギの写真

ミニトマト アイコの写真

・有機農業の理念を定めた「有機農業推進法」が施行

  2001年の有機JAS法の施行にあたり、生産者や有機農産物の流通団体などから「単なる規制では有機農業の推進にはならない」と反対の声が多くあげられました。その後、紆余曲折を経て、有機農業の推進を考えていくべきだという生産者や流通、消費者の思いが法律になったのが「有機農業推進法」です。

 2006年に施行された有機農業推進法では、有機農業の持つ役割、技術の継承、消費者への販売方法や、推進方法などが法律としてきちんと定められました。またこの法律により、国が有機農業を推進するという方向性が明確になりました。

 取り組む農家の数だけ栽培方法・技術があるといっても過言ではない有機農業には、技術の確立をはじめ、栽培された有機農産物の販売や消費者の啓蒙などの問題が山積しています。それらを「法律」という名のもとにきちんと整理した有機農業推進法は、有機農業に取り組み、また流通を行ってきたさまざまな人の意見を聞きながら作成されました。現在では有機農業の定義や考え方を知るための、もっともわかりやすい法律です。ただ残念なことに、有機JAS法との整合性は取られなかったため「有機農業」には何種類もあるような印象を与えてしまっています。

 「オーガニックって体にいいの? 何が違うの?」とよく聞かれることが多いのは、法律がふたつあることや、複雑なルールがあることなどで、いまひとつ理解が進んでいないからでしょう。有機農業の歴史をひもとくと、「よくわからない状態」が少しスッキリしてきます。とは言え、まだまだ理解は進んでいない印象です。
 しかしこのような理屈はどうでもよくて、消費者にとっては「オーガニックはおいしい」と思えることが、オーガニックを理解してもらうためには一番わかりやすいのかもしれません。