・中山間地だからこそできる農業がある。産消提携という販売方法
宮崎県に綾町という「有機農業の町」があります。わたしは以前、一度訪問したことがありました。綾町の「ほんものセンター」という農産物直売所で手づくりの柚子胡椒を買って帰ったことしか覚えていなかったのですが、「有機農業の町」ですから、いつかもう一度行ってみたい! とずっと考えていました。そうしたら、処女作『いでんしくみかえさくもつのないせいかつ』の編集者が、現在、綾町に引っ越してカフェをやってるとおっしゃるではありませんか。ということで、行ってきました。綾町に。
山口農園の園主・山口今朝廣さんは炭素循環農法を取り入れ、有機農業を営んでいます。炭素循環農法とは「たんじゅん農法」とも呼ばれる農法で、木材チップを入れたり廃菌床を利用したり、地面の上に置く・溝を切って入れる等々、いろいろなやり方で実践している方がいらっしゃいます。山口さんは廃菌床と法面の草など刈り取り、それを畑に入れています。その他は何も使っていません。たんじゅん農法の炭素分は、本来、廃菌床を使うのだと今回初めて知りました。
さて、山口さんの住まいと畑は綾町の山のなか、尾立地区にあります。ええー、こんなとこに集落あるの? みたいな山道を登っていくとぱあっと急に開けたところに小さな集落があって少しびっくりします。空は広く、まさに山のてっぺん。尾立地区は満州から引き上げてきた山口さん一家を含めた人々が開拓した戦後の開拓地だそうです。
山口さんの畑は、見るからに中山間地農業=小規模な面積で高低差のある小さな機械しか入らなさそうな、耕作が不便そうな畑です。畑の総面積は3.5ヘクタールですが、稼働しているのは1.2ヘクタール。少量多品目の野菜は宮崎市内の約200世帯の消費者に、週に2日個人宅配をしています。
山口さんが有機栽培を始めたのは35年前。当時は尾立地区のほとんどがみかん畑だったため、高校卒業後12年間みかんを栽培していました。その後、山口さんはみかんをやめ、有機農業で野菜をつくることにしたのです。最初の12年間はいわゆる有機質肥料を入れる有機農業をやっていましたが、病虫害が多かったため、EM菌をつかったEM農法に切り替えました。しかしEM菌を使っても病虫害は収まりませんでした。EM農法を12年やってみた後、山口さんはたんじゅん農法に出会います。「虫に食われるような野菜は人間が食べる野菜ではない」というたんじゅん農法の提唱者・林幸美氏の記事を読んだことがきっかけでした。しかしたんじゅん農法に変更してからも4~5年は病虫害が出たそうです。これでいいのかどうか。思い悩んでいたら、林氏がわざわざ見に来られ、山口さんは続けていこうと決意します。
その後も廃菌床を入れ続け、有機野菜を作り続けていたら、いつの間にか病虫害は減っていました。最初のころあった生育ムラも、土の力ができてきたのかなくなってきたそうです。たんじゅん農法に切り替えて10年経ち、今では自分は種をまいて収穫するだけ、あとは微生物がやってくれると山口さんは言いいます。
「肥料を与える世界と無肥料でつくる世界では栽培技術も変わる。自分は微生物に廃菌床というエサを与え、微生物に養分をつくってもらっている。自然の原理を畑で再現すれば人は何もしないでいい、これが誰にでもできる技術なのではないか」と、山口さんは考えています。
廃菌床は4ヶ月に一度、年に3回10アールにつき1トン入れています。栽培の途中でも入れることがあるため、ビニールマルチは敷いていません。草はすべて人力で抜いています。たんじゅん農法は、施肥設計も計算もまったく必要のない技術だと山口さんは言います。この山口さんの人柄とたんじゅん農法に惹かれ、研修生は次々にやって来ます。尾立地区は高齢化が進み限界集落の瀬戸際にありますが、山口農園で卒業した研修生は10年間で18人。皆綾町に定着したそうです。
農業後継者はほとんどいないけど、よそから来た若い人たちが綾町に定着し、これからの農業を盛り立ててくれればいいと山口さんは考えています。卒業した研修生たちの野菜の品質は、今はまだまだだがこれから良くなる。そうすれば、尾立地区はいろんな安心野菜が手に入る、そんな場所になる。いつか尾立地区を有機野菜のデパートにしたい。有機野菜を軸にして尾立地区が活性化する。これが山口さんの夢です。
ハゼの芽が出たら霜は降りない、藤の花が咲いたら何をまいても大丈夫、みかんの花が満開になったらオクラをまくなど、たんじゅん農法だけでなく、山口さんの技術は自然とともにあります。そこで生まれる野菜は、何十年も前から山口さんの野菜を購入し、今では親戚のようになってしまった200軒の消費者の生命を養っています。「安全と言えるのはこの絆があるからじゃないですか?」と山口さんは言います。
顔の見える関係とよく言われますが、山口さんの話を聞いていたら、消費者と生産者が直接繋がる「産消提携」というこの販売方法は、有機農家の野菜の販売方法としては、理想のかたちなのではないかと思えます。小規模な家族経営の個人農家が中山間地で有機農業を営む理想のかたち。条件が悪くても、有機でも、小規模でも、だからこそ、強みがあるのかも。うまく機能するのかも。
大規模化著しい日本の農業において、このような小さな農業が複合的に組み合わされば、大規模化がむずかしい平地の少ない中山間地地域を活性していくのかもしれない。そんなふうに思えた山口農園さん訪問でした。